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とんぼのめがね [日々雑感]

トンボを時々見るようになりました。
なぜだか不思議と郷愁を感じます。

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誰でも知っている歌

とんぼのめがね

とんぼの めがねは
水いろ めがね
青いおそらを
とんだから とんだから

とんぼの めがねは
ぴか ぴか めがね
おてんとさまを
みてたから みてたから

とんぼの めがねは
赤いろ めがね
夕焼雲(ゆうやけぐも)を
とんだから とんだから

この歌がどうして作られたか
先日「平安2丁目の窓から
いきものって、すご~~~いィ!   ものづくりなんかもねっ の
dumbo さんの記事からわかりました
http://heiannityoumevet.blog.so-net.ne.jp/

それは
紙芝居になっています。
http://www.fukutoku-group.co.jp/fukutoku-pics/10004003.pdf

要約です
医者がいない村に内科医院を開いた額賀誠志さんが主人公です
平穏無事な時期が一転し、日本は太平洋戦争に突入しました

その頃歌は
貴様と俺とは同期の桜
同じ兵学校の庭に咲く
咲いた花なら散るのは覚悟
見事散りましょ国のため

昭和20年8月6日、二機のB29が飛来し、新型爆弾を投下しました
つづく8月9日には長崎に同様の新型爆弾が投下され壊滅的被害を受けました。
そしてその1週間後、日本は無条件降伏をしたのです。

その頃歌は
さらばラバウルよ又来るまでは
しばしのわかれのなみだがにじむ
恋し懐かしあの島見れば
椰子の葉かげに十字星

額賀先生は嘆きました
戦後日本の子どもたちは、楽しい夢をのせた歌を歌えなくなってしまった
では自分で作ろう!

往診の時に
上浅見川の箒平地区に行った時のことだ。田んぼで子どもたちが
トンボを捕まえようと無邪気にあそんどる。僕はこれだと思ったんだよ。そのとき浮
かんだ詞がこれだ」
「トンボのメガネ」

村の家ではラジオから「トンボのメガネ」の歌が流れます
「良い歌じゃねえか。何でもこの番組NHKの“ラジオ子どもの歌”といって全国に流れ
ているらしいぞ」
「ひゃあ、先生のうた、全国の人がうたっているだか。えれえこった」

額賀氏は昭和26年にお亡くなりになるまで、とんぼのめがねに代表されるように
広野町の原風景を元に日本の良さを広く伝える歌をいくつも作られました

この歌の原風景となったのは、福島県の広野町です。豊かな地域ですが
福島第一原発から20キロで避難指示となり、その後は解除されましたが、
今では原発で働く方が町民の2倍で、戻らない人も多いと言われています。
とんぼのめがねの里は、今や日本の命運を決める福島原発の最前線基地となりました。
この様な宿舎が多いようです

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私は訪問演奏へ時々行きますが、
ある方がその中に「軍歌」を入れます
彼とご一緒したことは最近は無いのですが、お年寄りのところへ行くのだから
よくないのでは?と他の方へアドバイスしましたが
二度と戦争は嫌だと言う意味で、入れてある。と言われたそうです。

dumbo さんの記事から考えたのですが
この方は終戦時3.4歳ですから子供の頃に軍歌を歌った世代なのかもしれないと
気がつきました。
何も考えずに、これらの多くの歌を歌ったのでしょう
やはり、山と川のある自然豊かな場所で生れています。
そして、集団的自衛権他、安保法制は必要であると思っているようです
彼の考えがわからなかった時に、今度色々と話したいですねと言ったら
ボクは読売だから、生臭い話はしたくないと言われてしまいました。

一生懸命で、情にも熱く、お世話役を色々とされていてとても話も合うのですが
これだけはダメでした。
なんで軍歌なんだろう? なぞは解けませんが 少しわかったような気もします
慣れ親しんだ軍歌、それが音楽的ルーツなのかもしれないと・・・・・


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トックリヤシ

私も終戦時4歳でした。軍歌も意味が分かず今でも歌詞は頭に残っていますよ。でも集団的自衛権や安保法制には賛同できません。
その方と軍歌の結びつきの背景になにか特別な事象があったのかもしれませんね。。。
by トックリヤシ (2015-06-30 20:54) 

gonntan

哀愁を帯びていたり威勢が良かったりで口ずさみやすいので
歌の中身はそれほど重要ではなかったのじゃないでしょうか
じっくり考えてみるといのちの軽さが際立つ内容ですけど
by gonntan (2015-06-30 21:05) 

majyo

トックリヤシ 様

私も代表的な軍歌はほとんど知っています。
多分懐メロとしてでしょうね。
ただ、実際に派兵問題が起き、
また、今のようなきな臭い社会になってから
戦争体験をされた80代の皆様の前で、披露することは
出来ません。
意味もなく、歌っていた事は認めますが、今、私のグループが
それを選曲したら、NOと言いたい。
涙する方がいたとしたら、それは感動ではなく
その頃を思い出されたのだと思います。辛かった頃を
by majyo (2015-06-30 21:07) 

majyo

gonntan 様

確かに軍歌は戦意高揚であり、威勢が良かったり
口ずさみやすいとは思います。
私も10年以上前にはあまり考えませんでしたが
今となっては皆で吹く曲ではないし
ましてや、お年を召した方に披露するものでもないと思うのです。
ここに書いた方は、普通の方ですが
自衛隊関係者も何人かいて、色々と難しい事もあります。

by majyo (2015-06-30 21:13) 

tempest17

広島へ 長崎へ行き 泣き誓う  tem.
by tempest17 (2015-07-01 00:24) 

momotaro

とんぼのめがねと額賀氏が原発事故に遭っちゃったんですねー
かえすがえすも安全神話が憎いですね。

戦局が苦しくなって、ますます国を挙げて戦争一色になっていって、敗戦を境に一気に世の中が変わるわけですから、平和と自由が訪れたとはいえ、心に傷が残った人も多いでしょうね。
気の毒なことでした。。。
by momotaro (2015-07-01 07:11) 

majyo

tempest17 様

良い句をありがとうございます
今朝は「長崎の鐘」を思い出しました。
♪ こよなく晴れた 青空を
  悲しと思う せつなさよ
  うねりの波の 人の世に
  はかなく生きる 野の花よ
  なぐさめ はげまし 長崎の
  ああ 長崎の鐘が鳴る ~
良い歌です。これは歌えます

by majyo (2015-07-01 07:42) 

majyo

momotaro 様

良い話だなあと感激していましたが
広野町が舞台とわかったら、違うショックを受けました。
戦後の復興を皆で支えあって生きてきたのに
今は離散です。
貧しい地域ではありましたが、戦後平和が訪れた町の今は・・・・
額賀さんがイメージした故郷は、今は無いですね。

心の傷は胸にしまったままの方も多いでしょう。


by majyo (2015-07-01 07:48) 

mayu

ヤゴがトンボに孵化する季節がきましたね。ちょくちょく見かけます。
by mayu (2015-07-01 09:30) 

majyo

mayu 様

ヤゴがトンボに孵化するのを間近に見られるのですね
お庭の鉢にいるのかなあ?
残念ながら私は見たことない? あるのかな?
dumbo さんは いきものの不思議をアップされていますから
お訪ねください。


by majyo (2015-07-01 13:23) 

どんぐり

majyoさん 皆さん 又々長くてごめんなさい。
読み飛ばしてください。

とんぼのめがね!懐かしいですね。
額賀先生は福島県の広野にお住まいの方だったんですね。
福島には子供の頃から良く行きました。
親父の仕事の知り合いが市内に住んでおり、連れてってもらいました。
今福島は言葉では上手く表現できないほどの悲惨な状況になっています。
そして、今後数十年以上にわたって、この状況は続きます。
額賀先生が、今の状況を知ったらどう思われるのでしょうか?。
大いなる自然をこれほど破壊しても良いのでしょうか?人類は。

話は変わりますが、仕事の関係で、多くの自衛隊の方々とお知り合いです。
その方々が本音で言うことは、国を守ることは必要なんだと!。
でも、それは自衛であって積極的に仕掛けることとは違うんだと。
難しい解釈ですが、スイスなどもそれを公に主張しています。
永世中立国ではあるが、軍隊は必要だと!。
日本はアメリカに守ってもらっていると錯覚して、ある時期腑抜けに
なり中国や北朝鮮の近隣諸国への軋轢に、不安となり、それにつけ込む
日本とアメリカの策略から集団的自衛権の見直しや、拡大解釈に
向かっているとしか思えません。
ロシアとウクライナなんかも似たような状況でしょうか?。
今述べられている専守防衛なんて嘘八百の戯言です。
本当の専守防衛とはかけ離れ、あまりにも拡大解釈です。
なぜ平和を願ってはいけないのでしょうか?。

軍歌についていろいろ意見があり、その一つに悲惨な戦争を忘れない
ためとおっしゃる方がいるんですね?。
過去の戦を美化する考えもあり、その一つが軍歌ではないのでしょうか?。
私は、終戦前に生まれていますが、子供の頃からいろいろ見るに付け
聞くに付け、戦争の悲惨さが身に染みました。
そんなこんなで軍歌なんか大嫌いです。
ごく近い方の、親御さんが現地(北京)召集で戦死されました。
当時、その方はお母さんのお腹の中で、何とか日本に帰ってから生まれる
ことが出来たようです。
戦地から届いた手紙には、お父さんの悲しみが綿々と綴られています。
多分、戦後生きて帰られた方から届いたと思います。
ですから検閲を逃れたんだと思います。
そこには本音がありのままに書かれているようで、それを読ませてもらった
ときに、戦争の醜さ・虚しさがひしひしと感じられました。
いっしょに召集令状もあったので拝見しました。
赤紙一枚で、戦争にかり出されるって、理解できますか?。

長いアメリカへの従属から、いつ解き放たれるのでしょうか?。
いえ、自らが解き放つのでしょうか?、若い世代に伝えて行動してもらい、
より良い日本にしたいものですね。
皆様の頑張りに敬服します。

by どんぐり (2015-07-01 13:48) 

majyo

どんぐり 様

とんぼのめがねの歌ですが、懐かしいですね
その歌の成り立ちが とても感動します。
福島へは良く行かれたのですね。
私も若いころは毎年 裏磐梯へ行きましたから
とても懐かしい・・・
帰りはいつも会津若松から只見川を下って塩原へ出ていました。
まだ道がラフの頃です。

その福島の現状を思うと、この歌の感動から気持ちが
逆転します。
自衛隊の方とお知り合いは、以前に聞いていましたが
やはり彼等も専守防衛という気持ちでしたか!
永世中立国のスイスと同じ考えですね。
今の自衛隊ではイケイケドンドン派は 1割くらいとか
さきしなのてるりんさんが書かれていました
http://blog.so-net.ne.jp/terurin-sakisina/2015-06-27-1

そうだろうなあと思います

本当に腑抜けならまだ良いのですが
虎の意を借り、近隣諸国への過度の警戒心から
外交より、武器、軍備という方向に進んでいます。
それは色々な力があるのですね。
経済界であり、アメリカの複合体とか わかりませんが
とにかく、普通の国になり戦争を始めたいと思っているようです
閣内で決め、偽の多数で強硬採決を狙っています

外務省職員などは、もうわかっているようです。
良心的職員がジャーナリスト岩上安見さんに答えています。ひどいもんだと

軍歌ですが
二度と戦争をしないために軍歌などと言うのは全く詭弁ですね
どこかに、過去の戦争は聖戦だったという思いがあるのでしょう
酒場で、同期で歌うのはやぶさかではありませんが
日陰のあだ花です。

終戦の時はお母さんのおなかの中、
日本に帰られてから産まれた知り合いの方は
それでももうかなりの年齢ですね。お父さんの顔を知らないという事でしょうか

問答無用の赤紙
それが、国家のした事です。
これが 起きないとは限りません。






by majyo (2015-07-01 16:24) 

dumbo

majyoさま、こんばんは。
いろいろな方の思い出や、ご意見が詰まった曲だったのですね。
子どもの頃とは違った歌に思えます、ありがとうございました。
by dumbo (2015-07-01 19:30) 

majyo

dumbo 様

いつも生きとし生けるものへの強い愛情を感じています
最初の頃、お気に入りにわかりやすく説明を入れていました
dumboさんは、スズメとなっています。これでわかるのです
どなたか
そのままですよ、今も
ありがとうございました。
by majyo (2015-07-01 21:19) 

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